おじゃる 丸 エンディング。 【ペルソナ5R】プレイ感想|明智の生存?かすみの記憶・バッドエンドはハッピーエンド※ネタバレ注意【不満点も】

『海外の反応』かくしごと 第11話「十丸院有能…?」「エンディングはどうなるんだろう」

おじゃる 丸 エンディング

<エンディングテーマ> 「夢の夢」 歌 クレイジーケンバンド 作詞・作曲 横山剣 テーマ曲やBGM、挿入歌のCDや配信はありますか? オープニングテーマ「詠人」、エンディングテーマ(各シリーズ)、挿入歌やBGMを収録した「おじゃる丸サウンド・トラック大全集」、その他がそれぞれ発売されています。 詳しくは のページをご覧ください。 各話の詳しいあらすじを知りたいのですが。 次回放送の内容は、各話放送終了後に予告(文章と静止画)を掲載しますので、そちらで見ることができます。 関連グッズはどのようなものがありますか。 アニメ「おじゃる丸」の関連グッズについては、のサイトでお探しいただくことができます。 手書きのイラストを郵送したいのですが。 イラストを郵送していただく場合は、以下の宛先になります。 〒150-8001 NHK アニメ「おじゃる丸」係 「おじゃる丸」番組への掲載を希望される場合は、ハガキにてご郵送ください。 表面には、お名前(フリガナ)・住所・年齢をご記入ください。 尚、匿名やペンネーム等でのご紹介はできません。 ホームページへの掲載を希望される場合は、「ホームページ希望」とお書きください。 ホームページ掲載の場合、形式は問いません。 なお、いただいたイラストをご紹介できない場合もあります。 また、掲載されるまでに一定の時間がかかります。 送っていただいたお便りは、返却することはできませんので、あらかじめご了承ください。

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実現しなかった『天外Ⅱ』のエンディング

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P5R 真エンドの内容とは? まずは追加された3学期の内容についておさらいです。 シドウパレスで死んだはずの明智が実は生きており、ジョーカーの代わりに警察に出頭する事で、ジョーカーは3学期の学校に通う事が出来るようになった。 新しく始まった3学期では、 唐突にモルガナが人間になっており、双葉のお母さん若葉が生きていたり、春のお父さん 社長 が生きていたりと皆が思い描く「夢のような現実」にいつの間にか入れ替わっていた。 そんな世界で違和感を覚えたジョーカーの所に同じく異変に気付いた明智が訪れて、2人で原因を探ったら、学校に臨時カウンセラーとして赴任していた 「丸喜先生」が作り出した理想の世界だと判明。 しかも 後輩の「かすみ」は本当は「すみれ」という名前で、 自分が原因の事故で死んだ姉「かすみ」になりきっていたとわかる。 丸喜先生は他人の幸せのため、認知を変えて現実をねじ曲げる力を持っていた。 怪盗団、明智、すみれは丸喜先生の作った偽りの世界を否定し、現実に戻ることを決意。 そして丸喜に予告状を渡すタイミングで、「 今存在している明智」は「 明智が生きていてほしいというジョーカーの願いから生まれた明智」ということが判明。 つまり 丸喜を倒す=明智が死んだ現実の世界に戻る ということになる。 ジョーカーは現実世界で生きていた明智の思いを尊重し、丸喜と戦い、最後には現実に戻る・・・というお話でした。 死んだはずの春のや真のお父さん、双葉のお母さん、そして明智が普通に生きていて仲良く笑いあう世界・・・ 正直 「幸せなバッドエンド」といえるような結末でした。 怪盗団メンバーの家族団らん風景を見せつけられて色んな意味でしんどかった・・・。 正直泣ける。 あとはモルガナが杏と買い物して荷物持ちになってたのはほっこりしましたね。 モルガナさん尻に敷かれて幸せそうw 丸喜先生がただの通行人のフリをしながらみんなの幸せそうな様子を見届けて大満足していたのには笑えました。 明智や本来死んでいた筈の人達は消えて、ジョーカーは12月に出頭してしばらくは牢の中で過ごす。 無事釈放されたのち、高校二年生の冬が終わり怪盗団はそれぞれの道に向かって進むといったラストでした。 本当の現実はやっぱり辛いことばかりだけど、それでも皆が前向きに進んでいくのが良かったですね。 リュージが治療のため転校したり、真と春が大学に通うため一人暮らしを始めたりとか。 ジョーカーは前科が無くなり地元に戻るので、全員としばらく会えなくなりますね。 トゥルーエンドの気になる点 ただトゥルーエンドは気になる点がいくつかありまして、 最終日のあいさつ回りにて、 ・すみれとは最後のあいさつ回りで唯一会えない(サブキャラにも会えるのに) ・ジャズバーに行くとマスターと明智君の話になり、偶然、決闘を申しこまれた時の手袋が出てきて「まだ明智との決着はついていない」との台詞が出る そして最後にジョーカーが地元に帰るために新幹線に乗るシーンで ・芳沢すみれとすれ違うが何故か他人行儀、モルガナも反応なし ・丸喜の作った現実で訪れたすみれとの初詣写真が送られてくる(現実に戻ったらその期間ジョーカーは服役中なのでおかしい) ・新幹線が出発するとき一瞬怪盗服に変化、その直後「明智と刑事数人?」の姿が窓から見える こんな感じで明らかに怪しい描写があるんですよね・・・。 これについては憶測ですが、こんな解釈はどうかと考えています。 メメントスと現実がまだ分離しきっていない説 ベルベットルームでのラヴェンツァの発言に、「これから現実とメメントスは次第に元の姿に戻っていくでしょう」という旨の発言がありました。 初詣写真の件は、もしかしたら メメントス(丸喜の作った現実)の影響がまだ消えきってないことを示唆しているのではないかな~と思っています。 そして芳沢すみれですが、あんなに仲良しだったのに急に他人行儀になったのは、「 かすみとして生きていた記憶(丸喜のペルソナの力)」が無かったことになり、ジョーカーとの関係がただの先輩後輩に戻った・・・というのはあり得るかなあと。 なぜあのタイミングで出てきたのか、2パターンあるかなーと考えています。 メメントスの影響が消えず、まだ明智の幻影が残っていた説 ジョーカーが一瞬怪盗服になる理由が、メメントスの影響があるからと思えば納得できるかも?明智は幻影で、消えきっていなかったからたまたま見ることができた(プレイヤーサービス的な)感じでしょうか? そうなると周りの刑事とかがなんでいるのかよくわからないんですけどね。 ボロボロになりすぎてそのままずっと匿われていたとか・・・。 (警察や政治家にとっては組織の裏事情を知る危険な人物ですしね) ジョーカーは明智が死んだと思い込んでいるので、丸喜の現実では 「ジョーカーの望んだ明智が出現」し、代わりに本当に生きていた明智は消えていたとかどうでしょう。 ちょっと無理やりですが夢があるので個人的にはこっちを推したいですね。 体験版をプレイした方の感想も漁りました が、ペルソナ5Rのエンディング関係のストーリーはいまのところ見られなかったそうです。 発売したら即買いして続きを確かめてみます!! あとペルソナ5Sといえば、発売前予告に出てきた新キャラの子がジョゼに似ているのも気になるんですよね。 もしかしたら本編で全く語られなかったジョゼの主人?の正体がわかってくるのかもしれない・・・。

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おじゃる丸 【概要・あらすじ・主題歌・登場人物・声優】 | いっぱいアニメを楽しもう

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夏よりは前、春よりは後なのは間違いない。 どんちゃんの要望によって火の一族にも神様が出来て、それにマリという名前がついていたかどうかは怪しいぐらいのタイミングだったと覚えている。 当時、もちろんヨミがラスボスなのは決まっていて、こんな戦闘があってというあたりは決まっていたけれど、そのあとが決まっていなかった。 要はゲームをどのように閉じるのかが決まっていなかったのだ。 そして1991年の夏前にそろそろ辻野さんがそのコンテを書くという話になった。 僕自身は、このころは結構シナリオについて考えるようになっていた時期で、そして 「どう書けばいいのかわからず悩んでいた時期」でもあるのだけど、まあある程度はシナリオのことを考えられるようにはなっていた。 このつっかえが取れるのは91年の末に 『別冊宝島144 シナリオ入門』で、シド・フィールド先生に会ってからである。 子供から大人になるということはどういうことか? いろいろな説明はあるだろうけれど、僕はその時には 「大人になると言う事は、世の中には取り返しがつかないことがあると理解してそれを受け止めて、前に進んで行く人間になる」という風に考えた。 もうちょっと具体的に書くと、人は成長するに従って、思った大学に入れないとか、思った通りに物事が出来ないとか、誰かと喧嘩して別れるとかいろんなこと…まあ一般には挫折と言われるものがあって、人生ってのはままならないってことを知っていく。 その時、あるがままを受け止めて、前に進んでいくことが大人になるということだ…と、まあ通過儀礼テーマを定義したわけだ。 んで、考えたエンディングは雑にはこういうものだった。 ヨミを倒すと、ペアになるマリも消え、神なき世界になる。 4人が地上に出てくる。 あたり一面、血の池が広がっている。 静かな世界。 周りをしばらく4人は茫然と見まわす。 誰かがひどいことになったなとかいう。 またしばらく静か。 カブキがニヤっと笑って「でも、卍丸、俺たちはやったんだよ」• 極楽が「前には戻れない。 俺たちは生きている、これからやることは沢山あるぜ」• こんなことを言って、カブキが「女たちが待ってるからな!」• みんな分かれて去っていく。 全員がいなくなったところで、卍丸も歩き出す。 THE END 若いなあと思うし、教条主義過ぎねえかとも思うけれど、今考えてもお話を着陸させるポイントとしては間違っていないと思う。 で、これを桝田さんに 「こうしたい」としゃべったところ、桝田さんが言ったセリフは 「かっこいいけどさあ、どんちゃんがいいって言ったらやろう」。 もちろん、どんちゃんは僕らにとって絶対のリトマス試験紙であり、彼が首をかしげるということ=ジャンプ600万の読者が首をかしげることであり、その案は自動破棄がルールだった。 そして僕は確信していた。 「こんな話、どんちゃんにわかるわけねえ」 数日経って、どんちゃんがやってきて、僕はバーッとエンディングを説明した。 「どうよ、どんちゃん」 「嫌ですねえ。 みんなに褒めてもらいたいですね」 バッサリだった。 桝田さんが言った。 「だろ、岩崎」 「だよね」 と、僕。 そこで桝田さんが聞いた。 「ならさあ、神様が天に帰るとき、全員生き返らせてくれるってどう?」 「いいですね!」 どんちゃんは嬉しそうに返事した。 僕は言った。 「わかった、みんな生き返らせましょう、桝田さん!」 ジャンプ600万部は絶対だ。 卍丸はお父さんの遺志を継いで旅に出て、卍丸の活躍のおかげでお父さんは生き返りました。 「卍丸よくやった!」 …じゃねえだろう! これじゃ 作品のテーマはメチャクチャだ…と思っていたわけだ。 でも、今は若かったなあと思っている。 どんだけデタラメなご都合主義だろうが、ハッピーエンドはみんな大好きなのだ。 そして、プレイヤーは数十時間、卍丸としてゲームに付き合って、苦労してヨミを倒して、その見返りが 「俺たちやったよな!」で、未来に向かって進んでいくぜ…というのは、あまりにプレイヤー体験としてはバランスが悪い。 これをOKだと思うのは、僕のようにある種、一歩引いてストーリーだと割り切れてしまう、良くも悪くもプロフェッショナルな人間だけであって、普通の人は「エーッ」となってしまうと思う。 だから、今では、どんちゃんが「いいですね!」と言った、今のエンディングの方が製品としては正しかったし、一般的なユーザーにとって幸せなものだったよなと思うのである。 と、まあこんなことも喋ったコンティニューがコレ。 まあちょっと修正はあるけれど、ほぼオリジナルに近く出来てます。 ところでちょっと追記。 このブログを書いたら桝田さんから、実際のエンディングはちょっと違うよとコメントがあったので、ちょっと追記しておく。 少し違うよ。 どんちゃんには全員生き返らせると言った。 が、実際マリが約束している範囲は「根と火の戦争の犠牲者。 かつあなたたちの記憶に残っている人」だ。 だから「できるだけ思い出せ」と言い、千年前の勇者たちやはまぐり姫、メンバーの近親者が優先的に生き返っているんだよ。 まあ僕はうそつきだ どんちゃんには、全員生き返らせると言ったけれど、実際にやったことはちょっと変化球にしてるよという話だ。 しかしいずれにしても僕は生き返らせるという選択自体が好きではなかったので、話としては変わらないのであった。 斜に構えたがる若造だった当時の自分であれば、没バージョンがエンディングだったとしても絶賛していたと思います。 でもいま動画サイトで実況動画を見ていると、本当に様々な世代・性別のプレイヤーがいて、ゲームが下手な子供や女性が苦労しながら長い時間をかけてようやく到達したエンディングに感動してるのを見たりして、作家性やテーマも大事だけどやはり最後は素直に達成感と喜びを感じられる大団円が最良なのかもと思ったりします。 特にゲームは、映画や小説などよりもユーザーに労力を求めるメディアですから、短めの作品や作風そのものが尖ってるものであればビターエンドやバッドエンドもいいとは思いますが、大作系は王道であって欲しいなぁと。

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