竹 取 物語 かぐや 姫 の 嘆き。 【竹取物語】5人の求婚者がほんとダメ男!!かぐや姫からの無理難題への対応と言い訳がが酷い|日本史|趣味時間

【竹取物語】5人の求婚者がほんとダメ男!!かぐや姫からの無理難題への対応と言い訳がが酷い|日本史|趣味時間

竹 取 物語 かぐや 姫 の 嘆き

「黒=原文」・ 「赤=解説」・ 「青=現代語訳」 原文・現代語訳のみはこちら 立て る人どもは、装束(しょうぞく)のきよらなること、ものにも 似ず。 飛ぶ車一つ 具(ぐ)し たり。 羅蓋(らがい)さし たり。 立て=タ行四段動詞「立つ」の已然形、立つ、起立する。 「立つ」はタ行下二段動詞でもあり、その時は「立てる、立たせる」という意味になる る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 似=ナ行上一動詞「似る」の未然形。 持っている たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形。 もう一つの「たり」も同じ。 (空中に)立っている人たちは、衣装が華やかで美しいことは、比べるものがない。 空を飛ぶ車を一台用意している。 (車には)薄絹を張った傘をさしかけてある。 その中に、王と おぼしき人、家に、「造麻呂(みやつこまろ)、 まうで来(こ)。 」と言ふに、猛(たけ)く思ひ つる造麻呂も、ものに酔ひ たる心地して、うつぶしに伏せ り。 おぼしき=シク活用の形容詞「おぼし」の連体形、思われる、見受けられる まうで来(こ)=カ変動詞「まうで来(く)」の命令形、「来」の謙譲語、動作の対象である王とおぼしき人を敬っている。 王と思しき人からの敬意である。 自尊敬語 つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形 たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形 り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 その中に王と思われる人が、家に向かって、「造麻呂(みやつこまろ・かぐや姫の育ての親である翁(おきな))、出て参れ。 」と言うと、意気込んでいた造麻呂も、何かに酔った気分になって、うつ伏せに伏した。 いはく、「汝(なんぢ)、幼き人。 いささかなる功徳(くどく)を、翁(おきな)つくりけるによりて、汝が助けにとて、かた時のほどとて下し しを、 そこらの 年ごろ、 そこらの黄金 賜(たま)ひて、身を変へ たるが ごとなり に たり。 し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形 そこら=副詞、多く、たくさん 年ごろ=名詞、長年、長い間 賜ひ=ハ行四段動詞「賜ふ」の連用形。 「与ふ」の尊敬語。 天がお与えになったということ。 王とおぼしき人が天を敬っている。 たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形 ごと=比況の助動詞「ごとし」の語幹。 ~のように に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形 たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形 (その王と思しき人が)言うには、「お前、愚かな者よ。 わずかばかりの善行を、翁が積んだので、お前の助けにと、ほんのわずかな期間と思って(かぐや姫を下界である地上へ)下したが、長年の間、(天が翁に)多くの黄金をお与えになり、別人に変ったように(裕福に)なった。 かぐや姫は罪をつくり たまへ り けれ ば、 かく賤しきおのれがもとに、しばし おはし つる なり。 たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の已然形、尊敬語。 動作の主体(罪を作った人)であるかぐや姫を敬っている。 斯く(かく)=副詞、このように、こう おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形 なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形 かぐや姫は罪をお作りになったので、このように身分の賤しいお前のもとに、しばらくの間いらっしゃったのである。 罪の限り 果て ぬれ ば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く。 あたは ぬこと なり。 はや返 したてまつれ。 」と言ふ。 あたは=ハ行四段動詞「能(あた)ふ」の未然形、(たいてい下に打消しを伴って)できる ぬ=打消しの助動詞「ず」の連体形、接続は未然形 なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形 たてまつれ=補助動詞ラ行四段「奉る」の命令形、謙譲語。 動作の対象である天人を敬っている。 自尊敬語 罪を償う期限が終わったので、こうして迎えるのをお前は泣いて嘆き悲しむ。 (それでも、かぐや姫を引きとめることは)できないことだ。 早くお返しなさい。 」と言う。 翁答へて 申す、「かぐや姫を養ひ たてまつること二十余年になり ぬ。 『かた時』と のたまふに、あやしくなり はべり ぬ。 申す=サ行四段動詞「申す」の連体形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象(言われる人)である天人を敬っている たてまつる=補助動詞ラ行四段「奉る」の連体形、謙譲語。 動作の対象であるかぐや姫を敬っている。 ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。 もう一つの「ぬ」も同じ のたまふ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の連体形。 「言ふ」の尊敬語。 おっしゃる。 動作の主体である天人を敬っている。 はべり=補助動詞ラ変「侍(はべ)り」の連用形、丁寧語。 言葉の受け手(聞き手)である天人を敬っている。 敬語を使った翁からの敬意。 英語で言う助動詞「canやwill」みたいなもの。 英語だと、「need」には助動詞と通常の動詞としての用法があるが、「候ふ・侍り」も意味は違うがこれみたいなもの 翁が答えて申し上げるには、「かぐや姫を養い申し上げること二十年あまりになりました。 (それなのにあなたは)『かた時(わずかな期間)』とおっしゃるので、疑問に思いました。 また異所(ことどころ)にかぐや姫と申す人 ぞ おはす らむ。 」と言ふ。 ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び おはす=サ変動詞「おはす」の終止形、「あり」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 らむ=現在推量の助動詞「らむ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。 係り結び また別の所にかぐや姫と申す人がいらっしゃるのでしょう。 」と言う。 「ここに おはするかぐや姫は、重き病をし たまへ ば、 え出で おはします まじ。 」と 申せ ばその返りごとはなくて、 おはする=サ変動詞「おはす」の連体形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の已然形、尊敬語。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」 おはします=サ行四段動詞「おはします」の終止形。 「おはす」より敬意が高いもの。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 まじ=打消推量の助動詞「まじ」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形) 申せ=サ行四段動詞「申す」の已然形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象(言われる人)である天人を敬っている。 」と(翁が)申し上げると、その返事はなくて、 屋(や)の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫、穢(きたな)き所に、 いかで か久しく おはせ む。 」と言ふ。 いかで=副詞、(反語で)どうして か=反語の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び おはせ=サ変動詞「おはす」の未然形、「あり」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 む=意志の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 係助詞「か」を受けて連体形となっている。 係り結び。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 屋根の上に空飛ぶ車を寄せて、「さあ、かぐや姫、けがれたところに、どうして長い間いらっしゃるのですか。 (帰りましょう。 )」と言う。 立て籠め たる所の戸、すなはちただ開き に開き ぬ。 格子どもも、人はなくして開き ぬ。 嫗(おうな)抱きて ゐ たるかぐや姫、外に出で ぬ。 たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。 もう一つの「たる」も同じ に=格助詞、強調。 同じ動作を重ねて強調する。 「斬り に斬りけり。 後の二つの「ぬ」も同じ ゐ=ワ行上一動詞「居(ゐ)る」の連用形。 格子なども、人がいないのに開いてしまった。 媼(お婆さん)が抱いていたかぐや姫は、外に出てしまった。 えとどむ まじけれ ば、ただ さし仰ぎて泣き をり。 え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」 まじけれ=打消推量の助動詞「まじ」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 「不可能の予測」という意味でも良いかもしれない。 さし仰ぎ=ガ行四段動詞「さし仰ぐ」の連用形。 「さし」は接頭語であり、あまり気にしなくて良い。 をり=ラ変動詞「居(を)り」の終止形 (媼は)とどめることが出来そうもないので、ただ(かぐや姫を)仰ぎ見て泣いている。 竹取心惑ひて泣き伏せ る所に寄りて、かぐや姫言ふ、「 ここにも心にもあら で かく まかるに、昇ら むを だに見送り たまへ。 」と言へ ども、 る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 ここ=代名詞、私、ここ、あなた で=打消の接続助詞、接続は未然形。 斯く(かく)=副詞、このように、こう まかる=ラ行四段動詞「まかる」の連体形、謙譲語。 退出する。 む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。 だに=副助詞、強調:(せめて)~だけでも。 類推:~さえ たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の命令形、尊敬語。 動作の主体である竹取の夫妻を敬っている ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形に付く。 接続助詞「を・に・ば・ど・も・ども・が」があるとその後に続く文章において主語が変わる可能性がある。 読点の直前に「をにばばどもが」の文字のどれかがあれば主語が変わるかもしれないと思えばよい。 竹取の翁が心を乱しているところに近寄って、かぐや姫が言うことには、「私においても、心ならずもこのように(月の世界に)帰るのですから、せめて空へ昇るのを見送りなさってください。 」と言うけれども、 「 なにしに悲しきに見送り たてまつら む。 我をいかに せよとて、捨てては昇り たまふ ぞ。 具して 率(ゐ)て おはせ ね」と泣きて伏せ れ ば、御心惑ひ ぬ。 何為に(なにしに)=副詞、(反語で)どうして~か(。 いや、ない)。 なんのために。 たてまつら=補助動詞ラ行四段「奉る」の未然形、謙譲語。 動作の対象であるかぐや姫を敬っている。 む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 せよ=サ変動詞「す」の命令形。 する たまふ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の連体形、尊敬語。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている ぞ=係助詞。 問いただす意味で使われている。 具し=サ変動詞「具(ぐ)す」の連用形、引き連れる、伴う。 持っている 率(ゐ)=ワ行上一動詞「率(ゐ)る」の連用形。 率(ひき)いる、引き連れていく。 おはせ=補助動詞サ変「おはす」の未然形、尊敬語。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 接続助詞「を・に・ば・ど・も・ども・が」があるとその後に続く文章において主語が変わる可能性がある。 ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形 (翁は)「どうして悲しいのにお見送り申し上げようか。 私をどのようにしろと言って、見捨てて昇天なさるのですか。 一緒に連れてお行きになってください。 」と泣き伏しているので、(かぐや姫の)お心が乱れてしまった。 「文を書き置きて まから む。 恋しから む 折々、取り出でて見 たまへ」とて、 うち泣きて書く言葉は、 まから=ラ行四段動詞「まかる」の未然形、謙譲語。 退出する。 む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 恋しから=シク活用の形容詞「恋し」の未然形 む=婉曲あるいは仮定の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。 折々=名詞、その時々、そのつど たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の命令形、尊敬語。 動作の主体である竹取の夫妻を敬っている。 うち泣き=カ行四段動詞「うち泣く」の連用形。 「うち」は接頭語であまり気にしなくてもよい。 「手紙を書き残して参りましょう。 (私を)恋しく思う折々に、取り出してご覧ください。 」と言って、泣いて書く(かぐや姫の手紙の)言葉は、 「この国に生まれ ぬると なら ば、嘆か せ 奉ら ぬほどまで 侍ら む。 せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。 「す」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。 奉ら=補助動詞ラ行四段「奉る」の未然形、謙譲語。 動作の対象である竹取の夫妻を敬っている。 ぬ=打消しの助動詞「ず」の連体形、接続は未然形 侍ら=ラ変動詞「侍(はべ)り」の未然形、謙譲語、おそばにいる、お仕え申し上げる。 英語で言う助動詞「canやwill」みたいなもの。 英語だと、「need」には助動詞と通常の動詞としての用法があるが、「侍り」も意味は違うがこれみたいなもの む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 「この国に生まれたというのならば、(あなたを)嘆かせ申し上げないときまでおそばにいるでしょう。 過ぎ別れ ぬること、返す返す 本意(ほい)なく こそ おぼえ 侍れ。 ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形 本意なく=ク活用の形容詞「本意(ほい)なし」の連用形、不本意だ、残念だ。 「本意」の意味は「本来の意志・かねてからの願い」 こそ=強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び おぼえ=ヤ行下二段動詞「思ゆ(おぼゆ)」の連用形。 「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。 「(自然と)思われる」 侍れ=補助動詞ラ変「侍(はべ)り」の已然形、丁寧語。 聞き手である竹取の夫妻を敬っている。 係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。 係り結び (なので、こうして)去り別れてしまうことは、返す返すも残念に思われます。 脱ぎ置く衣を、形見と見 給へ。 月の出で たら む夜は、 見おこせ 給へ。 給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の命令形、尊敬語。 動作の主体である竹取の夫妻を敬っている。 もう一つの「給へ」も同じ たら=存続の助動詞「たり」の未然形、接続は連用形 む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。 見おこせ=サ行下二動詞「見遣す(みおこす)」の連用形。 こちらを見る。 脱いで置いていく衣を私の形見としてご覧ください。 月の出ているような夜は、(私のいる月を)ご覧ください。 見捨て 奉りて まかる空よりも、落ち ぬ べき心地する。 」と書き置く。 奉り=補助動詞ラ行四段「奉る」の連用形、謙譲語。 動作の対象である竹取の夫妻を敬っている。 まかる=ラ行四段動詞「まかる」の連体形、謙譲語。 退出する。 ぬ=強意の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。 完了・強意の助動詞「つ・ぬ」の直後に推量系統の助動詞(む・べし・らむ・まし)などが来ている時には、強意の意味で使われる。 べき=推量の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形) (あなたを)見捨て申し上げて参る空から、(悲しみのあまり)落ちてしまいそうな心地がします。 」と書き残す。 続きはこちら lscholar.

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『かぐや姫の嘆き』の品詞分解1(八月十五日ばかりの月に~)文法・助動詞・敬語など / 古文 by 走るメロス

竹 取 物語 かぐや 姫 の 嘆き

竹取物語は「かぐや姫」の昔話として有名なので、あらすじは割愛させていただきます。 皆さんが小さい頃に読んだ絵本を思い出してくださいね。 さて、かぐや姫は結婚の条件として5人の貴公子にそれぞれ無理難題を出します。 1人について詳しく物語を追いかけてみましょう。 石作皇子 仏の御石の鉢を探しに行くことになった石作皇子は、最初はやる気があったのですが、「いや、でも天竺に二つとないような鉢をわざわざ遠くまで探しに行ってもみつかるはずないよな・・・」と思い直します。 そこで、かぐや姫には「今、これから天竺行ってきます!」と知らせて置き、三年ほどたった後に、大和の国にある山寺で、真っ黒にすすけて汚れている石の鉢を手に入れました。 それを錦の袋に入れて花を結び、かぐや姫の家に届けます。 受け取ったかぐや姫は鉢の中に入っている手紙を読みます。 「海を越えてはるかに遠い天竺まで探しに行き、ようやく手に入れましたが、その苦労にはほんと、涙が流れました!!」 これを読んだかぐや姫は、 「仏の御石の鉢ですから、どこかに光があるはずですのに、蛍の光ほどもありませんね。 そこら辺の小倉山でいったい何を探してきたのでしょうか」 と返します。 かぐや姫からの返事を読んだ石作の皇子はめげずに返事を書きました。 「あなたが輝きすぎるから、鉢の光りが消えてしまったのかも。 そう思って鉢を捨てたけれど、やっぱりあなたと結婚したい!」 かぐや姫はスルーしました。 蓬莱山の珠の枝を取りに行くことになった庫持皇子は、たいへんな策略家。 職場である朝廷には「筑紫の国に湯治に行ってまいります」と休暇届を出し、かぐや姫の家には「蓬莱山に行ってきます」と使いを出しました。 お仕えしている家人は主を皆で難波まで見送りました。 ところが、じつはこれ「私は都にはいません」アピールでした。 3日ほどしてから難波まで戻ってきた庫持皇子。 こっそり人が近寄れないような家を作り、かまどを三重に囲み、その中に雇った腕の立つ鍛冶細工師を6人と自分も一緒に籠り、豪華な珠の枝を作らせました。 非常に立派なのができたのでこっそり難波に戻ってきた庫持皇子は、ワザと疲れた風を装い、迎えが来るのを待っていました。 立派な長櫃で都に運ばれた珠の枝・・・。 庫持皇子の帰還はかぐや姫の耳にも入ります。 「ホントだったらどうしよう!」かぐや姫は気が気ではありません。 そして倉持皇子はかぐや姫の元にやってきました。 わざわざ旅装束のままで! 『手ぶらで帰る気なんてなかったよ』なんて言うキザな手紙を枝に結んでいます。 おじいさんも「自宅にも帰らず真っ直ぐここに来てくれているし、もうこの人に決めなさい」なんて追い打ちを掛け、いそいそと二人の寝室の準備まで始めてしまいました。 おじいさんが「これはどんなところに生えていたんですか?」と聞くと、倉持皇子、冒険譚を盛りに盛って話します。 本人もウットリ、おじいさんもしきりに感心しているところに、なんとあの6人の鍛冶細工師が、賃金未払を訴えにやってきました。 もはやこれまで、と落ち込んでいたかぐや姫は元気を取り戻します。 「本物だと信じましたが、嘘の言葉で飾り立てた偽物でしたのね」 という手紙を添えて、枝を返しました。 右大臣阿部御主人 火ねずみの皮衣を探すことになったお金持ちの阿部御主人は、つてと豊富な資金を使い、中国、インドを探してもらいようやく手に入れます。 途中追加料金が発生しましたが、かぐや姫と結婚するためです、お金は惜しみません。 阿部御主人は購入した火ねずみの皮衣を持ちかぐや姫の元へと向かいます。 添えた歌には 「あなたへの愛情の炎でさえも燃やせない火ねずみの皮衣、ようやく手に入れて恋わずらいの涙で濡れていた私の袖も乾きました」とあります。 当然ながら、「本物かどうか確かめましょう」となりました。 阿部御主人は高い金を払った分自信があります。 ・・・燃えました。 かぐや姫は顔色を失う阿部御主人に返歌を送ります。 「燃えてしまうと知っていたら、燃やしたりしないでキレイなまま眺めていたのに。 残念ですわ」 さて、こちらは龍の首の五色の珠を手に入れることになった大友御行です。 家来を集めて「お前たちは家来なのだから私に逆らってはいけない」と命令して、たくさんの資金を渡し、龍を探しに出しました。 家来が出て行ったあとは、元からいた妻たちと離縁し、豪邸を建て直し、かぐや姫と結婚する準備を一人進めていました。 一方、家来の方はというと、「珠を取ってくるまで帰って来るなと言われたしなぁ」と与えられた資金を山分けして、竜探しにはいかず後は好き勝手に過ごしていました。 待てど暮らせど帰ってこない家来たち。 しびれを切らした大友御行は自ら船にのり海へ出ます。 船長が止めるのも聞かず、龍を探そうとしますが、海が荒れて大変なことに。 あやうく死にかけて這う這うの体で帰ってきた大友御行は「かぐや姫なんて言う性悪な女に殺されるところだった」と逆切れしました。 中納言石上麿呂足 燕の子安貝を手に入れることになった石上磨呂足。 燕が卵を産む時に一緒に出てくると言われているものの、子安貝がどういうものか誰も見たことがありません。 石上磨呂足はいろいろ考えたり人のアドバイスを聞いて、燕の巣の近くかごをつけ、その中に隠れて卵が産まれるのを幾日も待っていました。 ついにチャンスがやってきます!何かをつかんだ!!と大喜びする石上磨呂足の乗ったかごを降ろそうとしたところ、縄が切れて真っ逆さまに落ちて腰の骨を折ってしまいます。 手を開いてみると、子安貝と思って掴んだ物はただの糞。 さすがにかぐや姫も気の毒に思い見舞いの手紙を書きますが、頑張って返事を書いたのち、石上磨呂足は死んでしまいます。 いかがでしたでしょうか。 みなさん見事なダメンズっぷりでしたね。 ホント、かぐや姫誰もえらばなくてよかったと思います! そして、この後かぐや姫は帝と親密になっていくのです。

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【竹取物語】5人の求婚者がほんとダメ男!!かぐや姫からの無理難題への対応と言い訳がが酷い|日本史|趣味時間

竹 取 物語 かぐや 姫 の 嘆き

— 2018年 2月月16日午後7時45分PST 「竹取物語」ではほんの少ししかないかぐや姫の成人前の様子を、映画版では前半部分をかけて、里山の春夏秋冬までも丁寧に描いています。 逆に全体の多くを占める求婚部分の描写は、かなりあっさりめに編集されています。 幼少時代の話(幼名など)はほぼ映画版オリジナルといっても良いくらいです。 「竹取物語」でぽっかりあいていた部分を事細やかにオリジナルを加えて埋めていった感じがします。 特に「原作と違う?」と感じられる部分は次の通りです• かぐや姫が「たけのこ」から生まれる• 捨丸という幼馴染的な存在• 都へ移り住んだ時の家庭教師的存在 「罪と罰」について全編への盛り込み、暗喩的な表現 — 2017年 4月月28日午後1時59分PDT 実は「かぐや姫の物語」の大筋は「竹取物語」とほぼ同じです。 「竹取物語」で大雑把にしていたところにオリジナルで解釈を詰め込んでディティールをつくり、かぐや姫の細かい心情を盛り込んでいます。 そこにキャッチフレーズになっていた「姫の犯した罪と罰」が暗示的な手法で作品の全体にちりばめられています。 月で聞いたわらべ唄をエピソードや貴族の贈り物に展開させるなどして、「罪と罰」について、ぼんやり浮き上がらせる演出などを加えています。 特に「原作と違う?」と感じられる部分は次の通りです• わらべ唄の存在• 出てくる男性陣(求婚)が、総じてクズ(特に帝)• かぐや姫のイメージ観(活発な部分)• 月(天人界)への記憶の取り戻し方(原作ではあたかもはじめから知っていたふう)• 月(天人界)との関連性 — 2017年 2月月14日午後3時37分PST 「竹取物語」は世界観が特にない状態です。 だからこそ「古典のSF」なんて言われてたりするんですが、「かぐや姫の物語」は仏教、平安時代の思想に合わせているように思えました。 月(天人界)にとって、わらべ歌が罪になる理由が、輪廻転生を賛美しているから=仏教思想では生は苦しみであるため、という解釈が導きだされやすくなります。 一番違いを感じられるのは「結末、終わり方」 一番の違いは「結末、終わり方」なのではないでしょうか? 月に帰ることになるのは同じですが、帰る時のかぐや姫の様子や「記憶」に関することは皆さんの頭にある「竹取物語」と大きく違うように感じられると思います。 特に「原作と違う?」と感じられる部分は次の通りです• かぐや姫は月の使者から衣をかけられて一瞬にして地球での記憶を消されてしまう• 記憶が消された(月での記憶と性格を取り戻してから)後に、おじいさん、おばあさんの前から立ち去り月へ向かう キャッチコピー「姫の犯した罪と罰」は? — 2016年10月月17日午前12時18分PDT 月の世界(天人界)は穢れのなき世界、地球は穢れのある下賎な世界とされています。 かぐや姫が月に居たころに、命あふれる地球に想いを馳せたことが罪となり、罰として人として生きる事を強要されます。 かぐや姫は月の偉い人に• 月の世界では、地球に憧れることは罪なので罰を与えなければならない• 地球で生きていて、月に帰りたいと願った時に罪を許す• なぜなら、月に帰りたいと願う=地球は穢れのある下賎な世界と認めたことになるから と言い渡される場面が小説版にはあります。 つまり、 かぐや姫の 「罪」は「地球への憧れ」(月の世界の否定) かぐや姫の 「罰」は「地球での生活そのもの」(月の世界の肯定、地球の世界を否定させること といえます。 ネットでの声「姫の『罪と罰』は何なのか? 」という答えはさまざまありました。 自分の心に従うことが「罪」。 「罰」は自分の心を殺すこと。 記憶を失って去ることは周囲の人にとって彼女の死に等しい。 命あふれる地球に想いを馳せたことが「罪」となり、「罰」として人として生きる事を強要された。 かぐや姫は地球を見てみたいと思った、知りたいと思った。 地球で人として生きる事はかぐや姫にとっては罰ではなく願ったり叶ったりの出来事。 自分から何かしなくても、産まれながらの美貌やお金を持っていることで、それに振り回される他人がいて不幸せにしてしまうのが、「罪と罰」• 「罪」とは感情に憧れた事であり「罰」とは感情を知ったこと 奥が深すぎます…… ーー; 補足:原作「竹取物語」は複数ある? — 2016年10月月11日午前7時44分PDT 映画「かぐや姫の物語」と古典の「竹取物語」との違いを比べようと調べてきましたが……実は 「竹取物語」は複数存在することが分かりました(汗。 「竹取物語」には原作といえるしっかりした根本となる作品がなく、昔の人々からの語り継ぎや伝承によって、いくつも存在します。 昔の人たち同士でもですが、昔の人から次の時代の人へと語り継がれる時に若干の変容をしつつ現代に至っているようです(汗。 各自それぞれがどんな「竹取物語」に接してきたか次第ってのもあるので。 ……というわけで、若干余談になりますが「竹取物語」の大きな系統を紹介します。 「竹取翁原話」 奈良時代末期に作られたという『万葉集』。 万葉集に伝わる竹取の翁の伝説、「竹取翁原話」があったといわれています。 「竹取物語」の前に元ネタみたいなのがあった、という感じですね。 内容は羽衣伝説などの天人女房説話に近いものだったようです。 古典「竹取物語」 平安時代に作られた古典「竹取物語」=原作となる「竹取物語」? 平安時代初期に「竹取物語」の基本となる竹取の翁とかぐや姫の話に、貴族や帝の求婚、かぐや姫の無理難題の説話が加わりはじめました。 『源氏物語』や『今昔物語集』などでの筋書きはおおよそこんな感じになります。 1.竹取の翁が竹から生まれたかぐや姫を見つけ、育てる 2.翁が竹の中に金を見つけて豊かになる 3.かぐや姫が成人、その後貴族からの求婚に難題を出して断る(貴族の数は3人か5人、贈り物も違う場合あり) 4.かぐや姫が帝の求婚を断る 5.かぐや姫が月からの迎えに従い天に昇る 一応、私達がよく知る「竹取物語」「かぐや姫」の土台ができてます。 この時代から「竹取物語」には複数のバリエーションが存在したと考えられています。 貴族に関すること、帝の後日談、和歌のやり取り等の細部もどこでどうアレンジされたのか曖昧です。 異説「竹取物語」 先程の古典「竹取物語」から大幅な改変が加えられた作品もあります。 かぐや姫はウグイスの卵から生まれる!? かぐや姫が帝の后となり、別れ際に鏡を贈る!? ……といったエピソードや貴族文化への憧れや帝とのロマンスなどが強調された内容が盛り込まれた「竹取物語」もあったそうです! アレンジがききすぎたともいえる「竹取物語」は平安時代以降に出てきたようです。 現代の「竹取物語」 現在、一般的な形で広まっている「竹取物語」や「かぐや姫」は、古典「竹取物語」を土台にして異説「竹取物語」の良いところをバランスよく総編集したものともいえます。 さらにここから絵本になったり児童書になったりする部分で、出版社側の編集や意図もかかわってくるので、接してきた本次第でこまやかなニュアンス違いが出てきます。 まとめ:ジブリが語り継ぐ「竹取物語」 いかたでしたでしょうか? 映画版「かぐや姫の物語」と「竹取物語」の違いですが• 大筋は一緒• 「竹取物語」で主に深入りしていなかった幼少期などをオリジナル要素を盛り込んで膨らませた• 最後の部分から結末に向けてのかぐや姫の「記憶」について• キャッチコピーの「罪と罰」は映画オリジナル要素 といった感じでした。 それでは! 追記 おにぎりと、ジブリと、こけしと。 人気記事!• 最近テレビショッピングで見かけるようになった「アセチノディープコア」が本当に効果があるのか、実際に購入した感想... 66,064 views• 2019年12月に新しく生まれ変わった「泉の広場」!大阪の梅田地下街にある「泉の広場」への簡単な行き方を紹介し... 58,827 views• 「やばたにえん」の元ネタ、発祥についてまとめてみました! 「やばたにえん」が流行なら「了解道中膝栗毛」も流行... 57,255 views• TOKIOのメンバー山口達也さんが強制わいせつで書類送検されました。 今後の活動、特に長年取り組んできたDASH... 43,227 views• 話題の「体育座りの鶴」の折り方・折り紙の方法について調べてみました。 話題!「体育座りの鶴」のソーシャルディ... 41,644 views• 38,441 views• 石原さとみさんの新恋人として注目を集めているSHOWROOM社長の前田裕二さん。 前田さんの総資産や収入等につい... 38,146 views.

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