秋元 司 容疑 者。 秋元議員が淡路容疑者と面会=保釈後、周囲に「支援者」説明(時事通信)

詐欺容疑者あっせんでパー券 秋元内閣府副大臣/安倍政権肝いり 企業主導型保育巡り/日曜版で詳報

秋元 司 容疑 者

秋元司の元秘書が任意で事情聴取! 逮捕されたのは秋元容疑者だけですが、元秘書らに事情聴取されていると報じられています。 特捜部はIRに絡む資金移動の可能性があるとみて、IR担当の内閣府副大臣だった 秋元氏の元政策秘書らを事情聴取するなど捜査している。 引用: なぜ今回、元秘書が事情聴取を受けないといけなくなったのでしょうか? 調査を進めていると秋元容疑者が2011年に元政策秘書が芸能関連会社を設立し「コンサルタント料」を支払っていたことがわかりました。 カジノを含む統合型リゾート(IR)事業をめぐり、衆院議員秋元司容疑者(48)が逮捕された汚職事件に絡み、東京地検特捜部は26日、東京都内のパチンコチェーン会社を家宅捜索した。 関係者によると、同社は 秋元容疑者の元政策秘書が設立した芸能関連会社に「コンサルタント料」を支払っていた。 特捜部はこれまでに、秋元容疑者に対する贈賄容疑で顧問らが逮捕された中国企業「500ドットコム」側が不正に多額の現金を持ち込んだとされる外為法違反事件の関係先として、この元政策秘書と元私設秘書の自宅を捜索している。 関係者や法人登記簿などによると、芸能関連会社は秋元容疑者が参院選で落選し、 浪人中だった2011年に元政策秘書が設立。 代表取締役に就き、後任は元私設秘書が務めた。 引用: 秋元容疑者が中国企業から多額の資金を受け取った先が、コンサルタント料として元秘書が設立した芸能関連会社なんじゃないかという話です。 そして「元秘書ら」は、 元政策秘書と元私設秘書の2名いるようです。 なので秋元容疑者の元秘書が事情聴取を受けることになったんですね! 秋元司の元秘書の名前は? 現在わかっているのは、 元政策秘書についてです。 元政策秘書は2000年代前半に小林興起・元衆院議員の秘書を秋元氏とともに務めた。 08年ごろに秋元氏の公設秘書となり、16年ごろには政策秘書となった。 昨年秋ごろに病気を理由に退職したが、それまでは企業からの陳情などの対外的な対応を事務所内で一手に引き受け、「秋元氏の右腕」(秋元氏の元秘書)と評されていた。 引用: 秋元容疑者の元政策秘書と元私設秘書の名前について調査しましたが、 現在のところ名前は上がってきていませんでした。 現在の段階では任意の事情聴取であるため、 2人は操作に協力すると入った形で事情聴取をしている形になるようです。 元秘書と言われるぐらいなので、秋元容疑者に関わる自民党員やマスコミ関係者はこの元秘書のことは把握しているでしょうが、実名や顔写真は現段階では公開できないんじゃないでしょうか。 もし捜査が進みこの2人の容疑も確定することになれば発表されることになるでしょうね! スポンサーリンク 芸能関連会社の社名は? 関連会社についても今のところは事情聴取段階なので公にされていません。 ただしわかっている範囲ではこんな感じです。 芸能事務所の名前:不明• 設立:2011年 9年続いている!• 芸能事務所場所:東京都内• 元代表取締役:秋山司 2011年~2016年 、元政策秘書 2017年~2019年6月• 現代表取締:元私設秘書 2019年7月~ 芸能関連事務所と言うのであれば実際どのような仕事をしているのでしょう。 予想するに芸能グッズなどを販売する形になるんと思われます。 もしかすると、中国企業と関わっていることもあり、中国への販売などしていたんでしょうかね? あくまで予想でしかありませんが、またわかり次第追記していきます。 秋元司に関するツイッターの声 秋元司いたんかwwwwwwwwwwwwwwwwww — キューマン・エノビクト QmanEnobikto 業界関係者から見れば「ピントがズレまくり」の、中国企業ドットコム500と秋元司議員の「贈収賄疑惑」に繋がったのではないか? 世にも奇妙な贈収賄w。 なぜなら、彼らが関わったとされる留寿都も沖縄も、IR整備の候補地としては「箸にも棒にも引っかからなかった」から。 IR事業を推進する業者から現金の収受があったという。 数ヶ月に一度必ずといっていいほど国会議員の不祥事が報道される。 口では潔白と言うが裏では黒いことをやってるということか。 それでも、安倍政権はIR整備を予定通り進める姿勢を崩さない。

次の

秋元司の経歴・学歴まとめ|評判や年収がヤバイ?事務所の場所も特定!|Informed House

秋元 司 容疑 者

秋元司衆院議員が乗ったとみられる車両(後方)=25日午後、東京都葛飾区の東京拘置所前 カジノを含む統合型リゾート(IR)事業をめぐり、参入を目指した中国企業から現金300万円と家族旅行費70万円相当の賄賂を受領したとして、東京地検特捜部は25日、収賄容疑でIR担当の内閣府副大臣だった自民党の衆院議員、秋元司容疑者(48)=東京15区=を逮捕した。 中国企業が数百万円を不正に持ち込んだとされる外為法違反事件は、現職国会議員の汚職事件に発展した。 特捜部は秋元容疑者の認否を明らかにしていないが、接見した弁護士によると、「一切身に覚えがない」と容疑を否認しているという。 同容疑者は逮捕直前、ツイッターに「私は、不正には一切関与しておりません。 そのことは、引き続き主張してまいります」などと投稿していた。 秋元容疑者は自民党に離党届を提出し、同日受理された。 特捜部による国会議員逮捕は2010年1月、小沢一郎元民主党代表の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反事件で石川知裕元衆院議員を逮捕して以来。 贈賄容疑で逮捕されたのは、中国企業「500ドットコム」(本社・深セン)の日本法人元役員ジェン・シー容疑者(37)=東京都港区=と、いずれもドットコム社「顧問」の紺野昌彦(48)=那覇市=、仲里勝憲(47)=沖縄県浦添市=両容疑者。 特捜部は3人の認否も明かしていない。 秋元容疑者の逮捕容疑は国土交通兼内閣府副大臣だった17年9月下旬、IR事業参入で有利な取り計らいを受けたいとの趣旨で、ドットコム社側から都内で現金300万円を受領。 18年2月中旬には妻子と共に北海道旅行の招待を受け、航空運賃や宿泊代など約70万円相当の供与を受けた疑い。 関係者によると、ドットコム社は中国でオンラインくじ事業などを手掛け、17年7月、都内に日本法人を設立。 秋元容疑者は翌月、ドットコム社トップと共に那覇市のIR関連シンポジウムで講演したが、シンポは紺野、仲里両容疑者が中心となって開催されていた。 また、秋元容疑者が家族での北海道旅行に招かれる直前の18年1月、ドットコム社側は北海道留寿都村でのIR事業を計画した観光会社(札幌市)に出資の意向を示していたという。

次の

秋元司容疑者が逮捕されパチンコ業界が落胆、制限された「政治力」

秋元 司 容疑 者

カジノ+IR問題で秋元司の元秘書が家宅捜索 東京地検特捜部から 事情聴取および 家宅捜索を受けている元秘書について「産経新聞」は次のように報じています。 自民党の秋元司衆院議員(48)の元政策秘書らの自宅が 外為法違反容疑の関係先として 東京地検特捜部の家宅捜索を受けた事件で、 多額の現金を無届けで国内に持ち込んだ疑いがあるのは、 カジノを含む統合型リゾート施設(IR)への日本参入を目指していた中国企業の元役員らだったことが17日、 関係者への取材で分かった。 特捜部はIRに絡む 資金移動の可能性があるとみて、 IR担当の内閣府副大臣だった秋元氏の元政策秘書らを事情聴取するなど捜査している。 (2019年12月17日配信) 上記の通り、捜査対象になっている元秘書の2人は、IR参入を目指す中国企業から 多額の資金を受け取っていた疑惑が浮上しているのです。 この2人は秋元議員の元秘書ということもあり、世間では秋元議員にも疑惑の目が向けられています。 ただ、本人は不正への関与を 一貫して否定しています。 金問題を文春がスクープ 今回の「カジノ・IR問題」では自身の関与を否定している秋元議員ですが、過去にも 金問題が報じられたことがありました。 それは2019年4月のこと。 文春によると、秋元議員は 「東レ株式会社」の社長に対して、1億2000万円の支払いを要求していたというのです。 今年(2019年)2月に発覚した東レの巨額不正取引事件。 この事件に関連して、 秋元司・環境副大臣が、 東レの日覺昭廣社長に 1億2000万円の支払いを求める電話をかけていたことが「週刊文春」の取材で分かった。 しかし、O社の 資金調達が困難になったことで金銭トラブルが発生したのです。 「資金調達が難航し、 結局、 O社に買い取り資金を出すことになった会社の一つが、 L社でした。 O社はL社から2億4000万円の融資を受けたものの、 貸借期間は2カ月で、 月利は10%という 法外な条件でした」 (O社の関係者) 上記の通り、L社はO社に多額の金を貸し付けていました。 当然、O社はその借金を返済できるずもなく、そこで登場したのが秋元議員だったというわけです。 秋元氏が電話をかけた相手は、東レの日覺社長だった。 「秋元氏は日覺社長に対して 『L社の案件に関して、資金が返済されていない。 東レ側が連帯保証しているでしょう。 実は、弁護士の資格を持たない人間が、 報酬を得る目的で法律業務に就くことは犯罪なのです。 つまり、秋元議員の行った「借金返済の要求」が法律業務に該当する恐れがあるのです。 しかし、文春の直撃取材に対して秋元議員は「借金返済の要求」を 否定し、さらにはL社の存在についても 「知らない」と否定を貫きました。

次の